「泉田行夫の『蜘蛛の糸』」朗読と解説(4)

 引き続き『蜘蛛の糸』の朗読の研究をしてみます。
 今回は、大切な言葉をしっかり伝える、ことについてです。

 まず解説を聞きましょう。

 「それでもたったひとつよいことをした」とか、「小さい蜘蛛がいっぴき」などは、この作品の内容から言って、大切だと思いまして、私は、ゆっくりと読んで強調してみました。このように、あるところでは早く、あるところではゆっくり話すリズムは、もちろん内容によって表現を変えていく訳ですが、これが朗読のリズムの大きな要素の一つだとお考えください。

 続いて、カンダタが足を上げて蜘蛛を踏み殺そうといたしますが、思い返して助けてやる場面でございます。踏み殺そうといたしましたが、ふと考えて、「いやいや、これも小さいながら命のあるものに違いない」と、思い返します。ですから「踏み殺そうといたしましたが」のあと、ちょっと「間」をおいて、「いやいや」と思い返す言葉を言わないと、考え直す余裕がありませんね。こんなところに「間」の重要性があります。

 それから、そのことを思い出されたお釈迦様の慈悲深いお心と、カンダタを救い出す方法が、このあと続きますが、お釈迦様のお心になって読みたいと思いますし、お釈迦様が蜘蛛の糸を「そっと」お手におとりになるのですから、「そっと」のやさしい言い方にも気をつけていただきたいと思います。

 この部分を朗読で聞いてみます。

 と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこでカンダタは早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
 御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、このカンダタには蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれをおおろしなさいました。

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 どの文章にも、特に伝えたい大事な言葉があるのですから、聞き手にしっかり受け取ってもらわなければなりません。「間」が大切なことは当然ですが、「間」だけの問題ではありません。「テンポ(緩急)」「リズム(躍動)」「イントネーション(抑揚)」「プロミネンス(卓立)」「チェンジオブペース(転換)」など、さまざまな方法で、大切な言葉を伝えます。
 もちろん、感情を入れず、淡々とすべて同じ調子で読む方法もあるでしょう。しかしこの「蜘蛛の糸」のような想像を超える物語の場合、聞き手の感情に添って、言葉、そして状況をはっきり伝えることが、とても大事のように思います。