「泉田行夫の『蜘蛛の糸』」朗読と解説(5)

『蜘蛛の糸』の朗読の研究、今回は(二)の地獄のシーンです。
激しい動きがあります。聞き手と息を合わせてハラハラドキドキ。

 まずは解説から。

 さあ、(二)に入りますと、地獄の底の風景とそこにあるカンダタの様子が描かれていますから、私は、毎日同じことの繰り返しの、暗い、動きのない表現をしてみました。しかも、ここで自分も体験しているような主観的な表現もいれますと、なお、地獄の暗さが強調されると思います。

 「ところが、あるときのことでございます」。と、ここで、毎日変化のなかった地獄の生活に、彼にとって大事件が起こりました。救いの蜘蛛の糸が垂れてきたからです。さあ、カンダタは手を打って喜びますから、ここで話の調子は一転して、暗さから明るさへと変わります。そして。この後のカンダタの感情と行動は、読んでいる自分がカンダタになった気持ちで、つまり主観的に表現して、ぐんぐんと盛り上げていきます。

 しかし、その盛り上がりも、カンダタの疲労で、また調子が変わります。疲れを表現するつもりで、「しかし、地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦ってみたところで、容易に上へは出られません。ややしばらく登るうちに、とうとうカンダタもくたびれて」、こんな具合に調子を落とします。それでも、下をみると、一生懸命に登ったかいがあって、地獄の様子もはるか足の下になって見えるのですから、カンダタの喜びはエスカレートいたしまして、ふたたび読み方も盛り上がっていって、「しめたしめた」の声で最高潮に達します。

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 この部分の朗読です。

 こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていたカンダタでございます。何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつくかすかな嘆息ばかりでございます。これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。ですからさすが大泥坊のカンダタも、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり居りました。
 ところがある時の事でございます。何気なくカンダタが頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。カンダタはこれを見ると、思わず手を拍って喜びました。この糸にすがりついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。
 こう思いましたからは、カンダタは早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
 しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦って見た所で、容易に上へは出られません。ややしばらくのぼる中に、とうとうカンダタもくたびれて、もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。そこで仕方がございませんから、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。
 すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。カンダタは両手を蜘蛛の糸にからみながら、ここへ来てから何年にも出した事のない声で、「しめた。しめた。」と笑いました。

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 暗い変化のない地獄の心細さ。突然、手を打って喜ぶようなことが起こります。カンダタは遮二無二蜘蛛の糸にしがみつき、わき目もふらず上へ上へと昇っていきます。「しめた。しめた。」と笑います。
 この気持ちの変化。聞き手はカンダタと一緒になってワクワクします。ところが、、、
 まだまだこれから物語の一段と大きな波が押し寄せてきます。これは次回に研究しましょう。

 物語の語り手として読む部分、カンダタの気持ちになって読む部分。読み分ける必要があります。といって、あまりにも演劇的になっても聞き手は白けてしまいます。バランスですね。