高く始める

 前回は「さりとは陽気な町と住みたる人の申しき」まで聞きました。
続く一節は「始まりの音」に注目してみましょう。

(朗読CDシリーズ「心の本棚~美しい日本語」名作を聴く 樋口一葉  キングレコード より)

 「みしまさまの角をまがりてより是れぞと見ゆるいへもなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、あきなひはかつふつ利かぬ處とて半さしたる雨戸の外に、あやしきなりに紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田樂みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし」と、太字で示したところを高い声で読まれていることがおわかりいただけるでしょう。
 なぜ高い声で始められているかは明確です。まだ句読点を用いる規則が確立していない頃の文章ですから、一文のようにみえますが、よく意味を検討すると、3つの文章から成り立っていることがわかります。そのそれぞれの文章を高く始められているのです。
 日本語には「高い音から始まって、低い音で収まる」という性質があります。このことについては、いつかお話する機会があると思いますので置いておいて、文章を高い音で始めますと、新しい文章が始まったことがよく伝わります。幸田先生がよく「立て直して」とおっしゃっていたことと関係があります。

 もっとも、「高く始める」ことは絶対ではありません。あまり、同じ高さで始めることを繰り返すと、単調になってしまいます。また、演出上、意図的に低く始めることもあるでしょう。また、高くといっても程度もあり、他の語とのバランスもあるでしょう。あらゆる要素を加味しての「高さ」ですから、「高さ」だけをとりあげるのも誤解が生じそうです。
 しかしここでは、文章を「立て直す」ことの基本を幸田先生の朗読から理解してください。