幸田先生はご著書の「朗読の楽しみ」の中で、「朗読とは、作品を聞き手にきちんと手渡すことだ」とおっしゃっています。
朗読は、聞かせる相手がいる行為です。自分のためだけに声を出して読む「音読」とは、ここが違います。聞き手といっしょに朗読はつくられる、ということでもあります。「朗読のいわば勘どころにくると、すーっと息が静まるのがわかります。それを私も感じとって、呼吸の深みにさらに言葉を手渡していきます。音を吸いとるように、読み手と聞き手の呼吸が一致し、作品がその場でつくりあげられる、幸せな瞬間です」と書いておられます。
「客席は、舞台によって差はありますが、意外にこちらからはよく見えるものです。知っている人が目にはいると、ちょっとうれしくなることはあります。」
え?やっぱり、あのとき、幸田先生は舞台から私が見えていたんだ。私に手渡してくださったんだ、といまさら感動です。おおぜいのなかのひとりではあったでしょうが、少なくとも私にはそう感じさせられる朗読でした。「朗読は一期一会」という先生の言葉の重みが身に沁みます。
しかし、人に伝えるためには、そんな舞台上のテクニックではなく、「作品の解釈」というもっと本質的なものがありそうです。